ほとんどいたるところ

この記事は 明日話したくなる数学豆知識アドベントカレンダー の 6日目の記事です。(5日目:素数のスモールギャップについての研究がさらに進んでいたらしい )

数学者の言う事は何かと訳のわからんものだ.というのもまず単語の意味が分からない.Wikipediaの適当な数学のページを見ても「超関数」だとか「2階線形偏微分方程式」だとか「グロタンディーク宇宙」とかおよそ大学数学に触れなかった人間は生まれて初めて聞くであろう言葉が続々と現れる.「暗記物が苦手だから数学が好き」という人がよくいるが,一方でこんな見るからに難しい単語の意味は憶えていたりする.暗記物が苦手と言うよりかは興味の問題であろう.

この手の数学用語の中で,私が一番好きな単語が「ほとんどいたるところ」である.似た系統の専門用語として「ほとんど確実に」とか「ほとんどすべての」がある.つまり数学者は「ほとんど」という語を特別な意味で使っており,それを知らない人は厳密な論理の中に現れた突然の曖昧表現に驚くことになる.

では,「ほとんどいたるところ」とはどういう意味か.これはつまり「積分上無視できる部分を除いて」という意味である.関数 f(x)
 f(x) = \begin{cases} 2 & (x=1) \\ x & \mathrm{else} \end{cases}
として説明しよう. x=1以外は xと変わらない関数である.ここで次の積分を考える:
 \int_0^2 f(x) dx
不連続点が積分区間に1点だけ含まれている.だがこの積分 f(x) xで置き換えて計算したものと同じである.なぜなら区分求積法で図示すると,積分において不連続点が寄与する短冊の面積は積分区間の分割を無限に細かくすると無限に小さくなるからである.

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以上より, f(x)積分をする上では xと変わらない.これを「ほとんどいたるところ f(x) = x」と書く.「ほとんどいたるところ」にはa.e.(almost everywhereの略)という記号があり,
 f(x) = x \  \mathrm{a.e.}
と書いてもよい.

ただし,「積分上無視できる部分を除いて」と説明したが,これはルベーグ積分という普通習う積分を拡張した積分であり,正確には「測度0の集合を除いて」となるのであるが,詳しくは篠崎寿夫,松浦武信著「現代工学のためのルベーグ積分と関数空間入門」などを読むとよいだろう.

なお,ひらがなで書かれる数学用語というと,「ほとんどいたるところ」の他にパッと思いつくのは「すべての」ぐらいである.しかも「すべての」は漢字で書かれることもあるので,ほとんどすべての数学書でほとんど確実にひらがなで書かれるのは「ほとんどいたるところ」である.