すごい判別式

この記事は 明日話したくなる数学豆知識アドベントカレンダー の 22日目の記事です。(21日目:アルキメデスと円周率 )

このブログを始めるきっかけとなった明日話したくなる数学豆知識アドベントカレンダー としてはこの記事は最後である.およそ2日に1回のペースで更新するあたり「どんな暇人か」と思われているのかもしれないが,記事執筆に追われたおかげで暇人ではなくなった.今まで人にあまり言わずに持っていた数学ネタを一気に放出したので,「もうネタがありません!」という状態なのであるが,ブログ自体は残しておいて数学に限らず何かネタを思いついたら気ままに書いていくこととしよう.なお,数学豆知識自体はあと3日間あるので,明日以降の記事も皆様楽しみにしていただきたい.

さて,今日の話は判別式についてである.判別式というと D=b^2-4acを思い浮かべるであろう.専ら2次方程式でしか判別式を使ったことがない人がほとんどであろうが,少し詳しい人は3次方程式や4次方程式の判別式を知っているかもしれない.そんな判別式は方程式の実数解の個数を求めるためのものと捉えられている節があるが,実際には重解があるかどうかを見るためのものである.というのも n次方程式の判別式 Dは,解 \alpha_1, ..., \alpha_nによって

 {\displaystyle D=\prod_{i < j} (\alpha_i - \alpha_j)^2 }

と定義されるのである.方程式に重解があれば当然判別式は0になり,逆に判別式が0であればその方程式には重解がある.ただし D=0から重解が何重であるかを知ることはできない.2次方程式の判別式の正負および零判定で解の個数がわかるのは,解の個数のパターンが0個,1個,2個の3パターンしかないからである.高次の方程式において解の個数を判定するには,判別式の他にさらに別の式を用意するというような工夫が必要となる(3次の例).

なお,上の判別式の定義は方程式の係数ではなく方程式の解で書かれている.しかし判別式が方程式の係数で書けることは保証される.というのもこの判別式は差積の2乗になっているため解の対称式となるのである(tsujimotter氏のガロア理論の話).5次以上の方程式が解けないことは知られているが,判別式を書くことはどんな次数でもできるのである.

ただし,正確には「判別式を書くことは原理的にはどんな次数でもできる」ということである.では実際に100000次方程式の判別式は書けるだろうか?ここで,京都大学の木村欣司氏の17次方程式の判別式の計算報告を見てみよう.

 17次方程式
 \begin{eqnarray} &&a_0 x^{17} + a_1 x^{16} + a_2 x^{15} + a_3 x^{14} + a_4 x^{13} + a_5 x^{12} +  \\ &&a_6 x^{11} + a_7 x^{10} + a_8 x^9 + a_9 x^8 + a_{10} x^7 + a_{11} x^6 + \\ &&a_{12} x^5 + a_{13} x^4 + a_{14}x^3 + a_{15} x^2 + a_{16} x^1 + a_{17} \end{eqnarray}
の判別式の項数は,21976689397
ディスク容量では,427,470,114,659byte

項数はおよそ220億個あり,手計算でやろうなどと言うと「判別式計算にその生涯を費やした人物」として語り継がれることは必至である.計算機上でもその計算結果は427GBの容量を食う.ちなみにこの計算は10時間で終わったそうであるが,32コアCPU,1TB超のメモリを持つマシンでの話である.もちろんこの計算も工夫に工夫を凝らした手法で行われたものであり,17次方程式の判別式の計算と言うのは記録的なもののようである.ましてや100000次方程式の判別式など実際にはできそうにもない.

数学の命題を素直に捉えると,このように思いのほか裏切られることがしばしばある.そのため数学者はしばしば嘘つきに見えてしまう.「~はできる」とか言っておいていざやろうとすると「無限に分割することが必要だ」とか,「ここで有理数無理数の点で分ける」だとか言いだし,挙句の果てにはいつまでたっても終わらない手順を続けようとする.彼らが見ている真実は果たして現実なのだろうか?