複利最終利回りの近似式

金利に単利と複利があることを知っている方は多いだろうが,今回述べる最終利回りはもう少し複雑な概念であり,債券投資をする上ではなくてはならないものである.

債券はいうなれば借金のようなもので,発行者は利子と元本を支払う義務が発生し,債券の保有者はそれらを受け取ることができる.債券については利子と元本をそれぞれクーポン,額面と言うのが普通である.いつ,どれだけのクーポンが支払われるのかについては様々な形式があるが,以下では次のような債券 Bを考えよう.

債券 B保有者は,毎年年末にクーポン C円が支払われ, T年後の年末にはクーポン C円と合わせて額面 F円が支払われる.

この債券 B P円で買うことができるとして,この投資で得られる金利(これを利回りという)は年率いくらなのかというのがここで考える問題である.

ごく単純に考えると, P円の投資で合計 TC+F円を得ることができるため,全体として \frac{TC+(F-P)}{P}の収益率となる.これを単利で年率換算すると r_s = \frac{C+(F-P)/T}{P}となる.この利回りは単利最終利回りと呼ばれており,日本では幅広く用いられている(国が発行する債券である国債の紹介ページにも利回りとして単利最終利回りが用いられている:ご存知ですか?国債 : 財務省).

一方,海外で主に用いられているのは複利最終利回りであると言われている(どの国でどちらがよく使われているというようなリストを私は見たことがないが).ただし,複利最終利回りは上の収益率を複利で年率換算した \left( \frac{TC+F}{P} \right)^{1/T} -1のことではない.複利最終利回りでは再投資による収益も考慮する.つまり,スタート時点で投資した債券 B_0(投資時点を添え字にしている)により1年後にクーポン C円が支払われるが,それをそのまま持っておくのではなく,さらに債券 B_1 C円分投資するのである.2年後には B_0により C円, B_1により C^2/P円が支払われ,それらもさらに債券 B_2に投資して…というように得られた収入を債券 Bに再投資していくのである.このように債券のクーポンをそのまま同じ債券に再投資するとして得られる利回りを複利最終利回りというのである.

複利最終利回りが rであるということは,最初に投資した P円は T年後に P(1+r)^T円になっているということである.一方,投資に対して受け取る金額で考えると,1年後に支払われたクーポン C円は再投資により T-1年間債券 B_1で投資されることになるので, T年後時点では C(1+r)^{T-1}円になっている.同様に,2年後に支払わたクーポン C円は T年後時点で C(1+r)^{T-2}円になっている.この調子で話が進み,ちょうど T年後には最後のクーポン C円と額面 F円が支払われる.どちらも債券 B P円投資した際の T年後の金額を表しているので,
 P(1+r)^T = C(1+r)^{T-1} + C(1+r)^{T-2} + \cdots + C + F = C \frac{(1+r)^T - 1}{r} + F
となる.この式はいわゆる将来価値による式表現であり,ファイナンスの教科書によく書いてあるのは将来の受け取り金額を割り引いて現在価値に置き直した以下の同値な式である.
 P = C \frac{1 - (1+r)^{-T}}{r} + F(1+r)^{-T}

いずれにせよ,これを rについて解析的に解くことは一般的に不可能である.そのため,簡易的な計算方法として以下の近似式が知られている.
 r \sim \frac{C-(P-F)/T}{(P+F)/2}
近似式というからには,「〜は非常に小さいとみなせるから〜」とか,「テーラー展開して〜次以上の項を無視して〜」とかいう数学的な導出があるのだろうと思ったが,ざっと調べても見当たらない.ネットで探すとこの近似式自体はかなり見つかるが,その数学的な説明はほぼない.単利最終利回りの式と比較すると分母が異なっており,債券価格 Pと額面 Fの平均になっている.ここでうまく補正しているのだろうが,ぱっと思いつく近似ではこうはならない.


いろいろ探してみた結果,HawawiniとVoraのYield Approximations: A Historical Perspectiveという1982年の論文が見つかった.タイトルの通り最終利回りの近似式の歴史を辿っており,古くは1556年のFontana(三次方程式で有名な人)まで遡るという.この論文によれば,上の近似式は経験的に生み出されたものであり,数学的に導かれたよりよい近似式がいくつも提案されている.その中でも上の近似式に近いものは,1897年のTodhunterによる以下のものである(数式中の変数は適宜置き換えている).
 r \sim \frac{C-(P-F)/T}{F+\frac{T+1}{2T}(P-F)}
この近似式は以下のように導かれる.
 \begin{align} P &= C \frac{1 - (1+r)^{-T}}{r} + F(1+r)^{-T} \\
P - F &= (C - rF) \frac{1 - (1+r)^{-T}}{r} \\
rF + \frac{r}{1-(1+r)^{-T}}(P-F) &= C \\
rF + \frac{r}{1-(1+r)^{-T}}(P-F) - \frac{1}{T}(P-F) &= C - \frac{P-F}{T} \\
r &= \frac{C-(P-F)/T}{F + \left( \frac{1}{1-(1+r)^{-T}} - \frac{1}{Tr} \right) (P-F)}
\end{align}
ここで,下から2行目の分母で r \sim 0の近似を行うことでTodhunterの近似式になる. \theta = 1/(1-(1+r)^T) - 1/Trとすると,HawawiniとVoraの数値的な検証では, \thetaは0.5よりも大きく,また,Todhunterの近似式を使用しても \thetaを過小評価している.つまり,近似式としてはごく簡易なものに過ぎないということになる.


そもそも現在は数値計算で最終利回りを簡単に短時間に求めることができるので,近似式の重要性は小さくなっているかもしれない.だが,経験則による近似式が未だに教科書(例えば証券アナリストの通信講座)に生き残っており,その他の式がほとんど知られていないのは驚くべきことだろう.1982年のHawawiniとVoraですらそう述べているのだから.

It is indeed surprising that the rich history of approximation formulas has remained unnoticed and that it never reached the textbook audience.