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この文献・・・日本語じゃない.英語でもない.でも,あきらめない!

この記事は 日曜数学 Advent Calendar 2015の 2日目の記事です。(1日目:日曜数学ってなんだろう )

このブログはちょうど一年前に次の記事から始まった:end01nojo.hatenablog.com
というのも明日話したくなる数学豆知識 Advent Calendar 2014という企画に参加するためにこのブログは作られたのである.2014年の12月が過ぎた後もたまにチラシの裏の感覚で記事を書いていたが,2015年の12月を迎えるに当たりまたしてもこのアドベントカレンダー企画に参加するため,記事を書こうと思う.なお,去年の明日話したくなる数学豆知識 Advent Calendar 2014はリンク先を見ると分かるが,ほぼtsujimotter氏と私しか登録がなく,「記事を書けなくなった方の負け」という泥沼の数学記事合戦の様相を見せていた.対して今年の日曜数学 Advent Calendar 2015の登録状況はとても豊作であり,私にとって師走に追い打ちをかけるイベントではなくなったのはありがたい.tsujimotter氏が1日目の記事で言及されていたように日曜数学者,つまりアマチュア数学者のコミュニティが2015年に大きく広がったことが如実に示されているのだろう.

こうして広がりを見せる日曜数学であるが,その楽しみ方は人それぞれである.プロの数学研究者ではなく,論文をたくさん出して業績を挙げる必要性がないからこそ,どんな数学にどう取り組むかの多様性が生まれるのだ.今日は日曜数学についての記事という事で,私にとっての一つの日曜数学的な楽しみ方を紹介しよう.



日本は母国語で学問をすることのできる珍しい国であると言われる.それも文明開化の時代の先人の努力の賜物であるのだが,そのため数学を学ぶにしてもかなり高度なレベルの本も日本語で読むことができる.しかし,やはり最先端の領域は英語の文献であり,また日本語の文献を読んでいてもその参考文献が全て日本語とは限らない.という訳である程度のレベルに到達すると自然と英語の文献に当たらざるを得なくなるというのが数学を含め科学を学ぶ者の宿命となっている.語学が嫌いな理系学生もいつかは英語を勉強せざるを得なくなるのだ.ただ,数学においては英語だけで済まない可能性がある.

以下は吉野邦生氏の佐藤超関数によるShannon-染谷の標本化定理の拡張とRamanujanの積分公式という記事における参考文献の部分を抜き出したものである:

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見ればわかるように,文献一発目から英語ではない.フランス語である.しかも文献[4]もフランス語であり,著者は英語だけでなくフランス語に長けているのかと驚く.だがさらに驚くべきは文献[11]でありこれは何とドイツ語である.失礼ながら本当に著者はこれらの文献を読んで理解しているのかと疑ってしまう.

このように日本語でも英語でもない文献が参考文献に挙げられるのは,その文献が古い場合が多い(文献[4]はフランス語だが…).今でこそ理系の論文は英語で書くのが常識となってしまっているが,おそらく1970年くらいまではこのようにフランス語やドイツ語,あるいはロシア語で書いても学者らに受け入れられたのであろう.そして特に数学では古い文献が引用されることもままあるので,非英語文献が名を連ねることもしばしばである.



さて,それではこのような非英語文献の内容が気になってしまった時はどうするか.常套手段としてはその翻訳版がないかを探してみることである.超関数の分野では誰も彼もLaurent Schwartzの"Théorie des distributions"を参考文献に挙げるが,これは日本語で読める.皆本当に原著を読んだのだろうか?また英語訳が見つかる可能性はもっと大きい.だが,私は言いたい.
「そのまま読もうぜ!」と.

ある言語の文章を理解するにはその文法を把握することと語彙を増やすことが必要になるが,数学の文章においてはその単語はたいてい英語のものと似ている.また,文学作品ではないので数学の文章はだいたい同じ単語が頻繁に出現する.集合,関数,線型…というような基礎的な単語が繰り返されるので小説を読むよりは圧倒的に楽である.文法はまあ何か適当な文法書を買ってきて読むほかないが,数学書は「~を…とすると,***が成り立つ」と言うような頻繁に使われる言い回しがあるので,文法の点でも他の文章より読みやすいのではないかと思う.

…と「第二外国語で読みやすいのは実は数学書!」ということを述べたが,実際にその文章を見ていただこう.以下の画像はGerd Fischerの"Lehrbuch der Algebra",つまりドイツの代数学の教科書の一部をスキャンしたものである(私物のため私のメモが残っている).

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いかがだろうか?少し代数学を学んだ人なら,ドイツ語を第二外国語に選んだ人でなくてもこれが群の定義について述べていることが分かるだろう.さらに,単語の意味も推測できる.Gruppeは明らかに群であるし,ここに抜き出した部分以外も見ればMengeが集合を意味していることがわかる.さらに,最後の"G heißt kommutativ (oder abelsch), wenn a*b = b*a für alle a,b \in G"は「全てのa,b \in Gについてa*b=b*aならば,Gは可換である(あるいはアーベル群である)という.」と訳せることも数学をやっている人間なら容易に推測できるだろう.つまり,wennは何かしらwhenかifの意味である.群の定義文はよく見ると「~, wenn ~」という形なので,G1およびG2が満たされるときGを群と呼ぶということが読み取れる.ここまでドイツ語の語彙や文法知識は使っていない.

もう一つ同じ本から抜き出そう:

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ここではl_ar_aという写像が定義され,translationという名前がつけられている.続くBemarkungは何かしら定理か系かそんな感じの意味だろう.bijectivは英語でいうbijective,つまり全単射と考えられる.斜体になっているBeweisはおそらくその証明で,それを見るとたしかに l_aおよび r_aには逆写像が存在するので全単射である.



いかがであろうか?単語帳も文法書も何もなくても著者の主張がここまで読み取れるのである.さらに少しの語彙と文法を憶えればより多くの情報を掴むことができるだろう.まあ例に挙げたのは数学的には基礎中の基礎の内容であるが,他国の言語で書かれた文章が数式を通じて理解できるという事に面白さを感じないだろうか?最先端ではないけれども,楽しい.これこそ日曜数学の醍醐味だと私は思う.