積と微分とデルタ関数

この記事は 明日話したくなる数学豆知識アドベントカレンダー の 16日目の記事です。(15日目:ペンローズ・タイル )

先日ステップ関数の微分というタイトルでデルタ関数について書いた.デルタ関数は関数ではなく,数学的には超関数として定義されるという話であった.今日は超関数の積について書こう.

関数の掛け算で悩む人はいないだろうが,実は超関数では一般的に積が定義できない.このことを考えるため,交換律,結合律を満たす積が定義されているとしよう. \deltaは原点以外で0であるため,

 x\delta = 0

となっていてほしい.すると,

 0 = x^{-1}( x \delta ) = (x^{-1} x) \delta = \delta

となって矛盾する.

しかしこれでは納得がいかない.今の話では x^{-1}が厄介者である.そこで超関数の空間として xの逆元を含まないものを考えよう.これで上のような矛盾は発生しないはずである.ただ, x^{-1}を含まないにしても連続関数は含んでいるものとする.

だがこれはこれで別の問題が発生する.超関数の嬉しい性質として不連続であろうが何回でも微分できるというものがあるが,これがまた厄介ごとを生むのである.微分演算子 \mathrm{D}が定義されており,積の微分則:

 \mathrm{D}(XY)=(DX)Y+X(DY)

が成り立っているとする.このとき,

 \begin{eqnarray} \mathrm{D}^2 (fx)&=& (\mathrm{D^2}f)x+2\mathrm{D}f\mathrm{D}x+f(\mathrm{D}^2x) \\ (\mathrm{D}^2f)x&=& \mathrm{D}^2(fx)-2\mathrm{D}f \end{eqnarray}

である.ここで, fは連続関数 x( \log |x| -1 )であるとしよう.すると,

 \begin{eqnarray} \mathrm{D}(fx) &=& \mathrm{D}(x^2(\log |x| -1 )) = 2x( \log |x| -1 ) + x = 2f + x \\ \mathrm{D}^2(fx) &=& 2\mathrm{D}f + 1 \end{eqnarray}

となるので,

 (\mathrm{D}^2f)x=\mathrm{D^2}(fx)-2\mathrm{D}f = 2\mathrm{D}f + 1 - 2\mathrm{D}f = 1

となる. fが超関数に含まれているので,その高階微分である \mathrm{D}^2fも超関数に含まれなくてはならない.しかし,上式より \mathrm{D}^2f=x^{-1}である. x^{-1}は除いたはずなので矛盾してしまう.

この矛盾は連続関数と微分則によって導かれたものであるから,本当に x^{-1}を空間から排除するためにはこれらを諦めなくてはならない.積とデルタを取れば微分が失われ,積と微分を取ればデルタが失われ,デルタと微分を取れば積が失われる.

以上の話はローラン・シュワルツの論文"Sur l'impossibilité de la multiplication des distributions"で示されたものである.フランス語はさっぱりわからないが重要な部分は数式なので,GoogleとExciteすればだいたいの内容は理解できる.いい時代に生まれたものだ.

知られざる反例(補足)

昨日の記事 L^p, L^q (1\le p < q < \infty )に包含関係がないことを説明したが,説明がやや適当であったので,ほんの少しだけ気持ち些細な補足をちょこっとしよう.

 f(x) = \begin{cases} k & \left( k \le x < k + \frac{1}{k^{q+1}} , k \in \mathbb{N} \right) \\ 0 & \mathrm{else} \end{cases}

としよう. f(x)はグラフにすると次のようになる:

f:id:End01nojo:20141215180705p:plain

 f(x) L^\alphaであるかどうかを調べるには,

 \int_{-\infty}^\infty |f(x)|^\alpha dx

が有限の値になってくれればよい. \alpha=1の時はグラフでいうと短冊の面積の総和になるが,任意の \alphaで考える場合には, k個目の短冊は縦 k^\alpha,横 1/k^{q+1}の長方形となる.よって k個目の短冊の面積は

 {\displaystyle k^\alpha \times \frac{1}{k^{q+1}} = \frac{1}{k^{q+1-\alpha}} }

となる.よって

 {\displaystyle \int_{-\infty}^\infty |f(x)|^\alpha dx = \sum_{k=1}^\infty \frac{1}{k^{q+1-\alpha}} }

である.この級数が収束するには q+1-\alpha>1でなくてはならない.ここで, p < qであったから q+1-p>1であり, f(x) \in L^pであることがわかる.また q+1-q=1となってしまうので f(x) \notin L^qとなる.

次は

 g(x) = \begin{cases} k^{-\frac{1}{p}} & ( k \le x < k+1, k \in \mathbb{N} ) \\ 0 & \mathrm{else} \end{cases}

である. g(x)はグラフに書くと次のようになる:

f:id:End01nojo:20141215183336p:plain

 f(x)と同様に考えると,

 \int_{-\infty}^\infty |g(x)|^\alpha dx

は,縦 (k^{-1/p})^\alpha,横 1短冊の面積の和である.つまり

 {\displaystyle \int_{-\infty}^\infty |g(x)|^\alpha dx = \sum_{k=1}^\infty \left( k^{-\frac{1}{p}} \right)^\alpha = \sum_{k=1}^\infty \frac{1}{k^{\frac{\alpha}{p}}} }

となるので,収束の条件は \alpha/p > 1となる. p/p=1なので g(x) \notin L^pであり, q/p>1より g(x) \in L^qである.

なお,この反例は本で見たのではなく私が考案したものであるため,何かに使用する場合にはご自分で証明が合っているか今一度確かめられるようお願いする.

知られざる反例

この記事は 明日話したくなる数学豆知識アドベントカレンダー の 14日目の記事です。(13日目:おすすめ数学小説:ペトロス伯父と「ゴールドバッハの予想」 )

数学書には誤植を除けば正しいこと以外はほとんど書かない.これは当然のことであるが,それゆえ教科書に書いていないことを考えた場合にそれが正しいのかどうかがわからない.親切な本では「これが成り立ちそうに見えるがそうではない」という事を教えてくれるが,全ての数学書がそうではないのが現実である.今日は教科書には書かれない「…は成り立たない」という反例の一つとして L^p空間の話をしよう.

 1 \le p < \inftyに対して
 \left( \int_{-\infty}^\infty |f(x)|^p dx \right)^\frac{1}{p}
が有限である関数の集合を L^p空間という.定義上積分区間として有界な区間を考える場合もあるが,ここでは積分区間は実数全体とする. L^2空間の関数は特に二乗可積分関数とも言い,フーリエ変換が存在するための条件として登場したりする.なお,私はよくわかっていないがWikipedia L^p空間のページを見ると,
 \left( \int_{-\infty}^\infty |f(x)|^p dx \right)^\frac{1}{p} \rightarrow \inf \{ C \ge 0 \  | \  |f(x)| \le C \mathrm{\  for\  a.a.} \  x\}\  (p \rightarrow \infty)
らしいので, L^\inftyほとんどいたるところ有界な関数を指す.

 L^p空間は工学系の教科書にも登場することが多く,またその定義もそれほど難しくないのである程度知られた関数空間である.ただ,二つの空間 L^p, L^q \  (p \neq q)の間になんらかの包含関係があると勘違いする人が多いようだ.とある知恵袋には,

L1空間 と L∞空間 の両方にのみ含まれていて,
そのたのLp空間に含まれていない関数はありますか?

という質問に対して

一般に,p<qのときはLp⊂Lqだったと思います。
L1に含まれてしまえば,その他のLp(1<p≦∞)にも含まれてしまうのではないでしょうか。

というベストアンサーがついている.だがこれは誤りである.

以下, p < qとしよう.
 {\displaystyle \sum_{k=1}^\infty \frac{1}{k^\alpha} }
 \alpha \le 1で発散し, \alpha >1で収束すること(とある知恵袋の証明)を用いると,
 f(x) = \begin{cases} k & \left( k \le x < k + \frac{1}{k^{q+1}} , k \in \mathbb{N} \right) \\ 0 & \mathrm{else} \end{cases}
 f \in L^p, f \notin L^qであることがわかる.同様に,
 g(x) = \begin{cases} k^{-\frac{1}{p}} & ( k \le x < k+1, k \in \mathbb{N} ) \\ 0 & \mathrm{else} \end{cases}
g \notin L^p, g \in L^qとなる.つまり L^p L^qの間には包含関係はない(補足).証明のないベストアンサーにはご注意である.


最後に,おもしろい反例がたくさん載っている本として吉田洋一著「ルベグ積分入門」を紹介しよう.この本はタイトルの通りルベーグ積分の入門書であり,測度の概念などが述べられているのだが,付録として「反例そのほか」という章がある.おそらく理学部数学科でもない限り,解析学は専ら後で道具として使うこととなるため,積分がらみの次のような話はあいまいになりやすい:

 f [ a,b ]でリーマン積分可能なとき, \Psi (x) = \int_a^x f(t)dt fの不連続点では微分できないことがある.

 f [ a,b ]有界で,しかも原始関数をもっていても,リーマン積分可能とは限らない.

 f_n [ a,b ]でリーマン積分可能で {\displaystyle f = \lim_n f_n }有界でも, f [ a,b ]でリーマン積分可能とは限らない.

このような鋭い命題を見ると,自分がいかに積分に関していい加減な知識を持っていたかを痛感させられるものである.

数列の和の算数

この記事は 明日話したくなる数学豆知識アドベントカレンダー の 12日目の記事です。(11日目:ラングレーの問題とフランクリンの凧 )

tsujimotter氏の昨日の記事は初等幾何学の問題についてであった.原理的には中学生,もっと言うとできのいい小学生にも解けるような問題である.今では難しい大学数学の本を読むようになった私であるが,この問題はさっぱりわからなかった.数学ができるからと言って算数ができるわけではなく,またその逆も然りである.結局私は答えを調べて見たが,「こんな補助線どうやったら思いつくのか!」と中学生以来久しぶりに思ったのである.

このように,解答を見て「なんじゃこれは!?」と思うのは算数で特に多かったような気がする.数学でも驚くような解答というのはあるが,何か論理的な背景があることを考えると,「なるほどそういうアプローチか」と納得できるものがほとんどである.一方算数のエレガントな解答は唐突でいったいなぜそういう発想に至ったのか全く理解できないものが多いように思う.今回はその一つとして教科書には載っていない数列の和の驚くべき解を紹介しよう(知っている人にはタネの分かった手品を見ているような気分になるであろうが…).

まず,「 1+2+3+\cdots + 100を計算せよ」という問題である.この問題を幼いガウスが以下のように計算したのは有名である:

 \begin{array}{rcrcrcccrl} 1&+&2&+&3&+&\cdots&+&100& \\ 100&+&99&+&98&+&\cdots&+&1& \\ \hline \\ 101&+&101&+&101&+&\cdots&+&101&=101 \times 100 = 10100 \end{array}
 \therefore 1+2+3+\cdots + 100=10100/2=5050

実際 1から Nまでの和を暗算するときに,公式 N(N+1)/2を用いるよりもこの作戦で毎回計算する人もかなりいるのではないだろうか?

では,「 1^2+2^2+3^2+\cdots + 100^2を計算せよ」という問題についてはどうだろうか?こうなると途端に公式 N(N+1)(2N+1)/6を使う人が増えるであろう.ところが,この問題には次のような解き方が存在するのである:

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まあ誰がこんなことを思いついたのであろうか.私はこの解を大上丈彦著「数学のできる人できない人」で見て以来他の本では見たことがなかったのであるが,インターネットで調べて見るとある程度知られた解き方であるようだ.相変わらずインターネットは「自分だけが知っている」感を削ぎ落としてくれる.

ステップ関数の微分

この記事は 明日話したくなる数学豆知識アドベントカレンダー の 10日目の記事です。(9日目:二次方程式の解の公式の別の見方 )

数学的な技巧として○○変換はなくてはならないものである.信号処理では周波数成分を見るためにフーリエ変換を用い,交流回路解析においてラプラス変換を用いれば微分方程式を解くことなく所望の出力電圧を求めることができる.これら○○変換は,関数を関数に写す処理であるから数学の分野でいうと関数解析学となる.だが理学部数学科はともかく工学部で関数解析学の授業はほぼないであろう.一応工学部でも常微分方程式くらいまではわりと理論的な背景を学ぶことにはなるのだが,このあたりから理論的背景はさておきという感じになり,だんだん「よくわからないけど便利な概念」とか「よくわからないけど解ける方法」が出現する.

その顕著たるものがデルタ関数である.定義としては次の性質を満たす \delta (x)のことである:
 \delta (x) = 0 \  \  x \neq 0
 \int_a^b \delta (x) dx = 1 \  \  \mathrm{where} \  a<0, b>0
「関数」と便宜上名づけられているがこの条件を満たす関数は存在しない.一行目の条件よりこの関数が0でないのは1点 x=0のみであるため, \delta (x)ほとんどいたるところ0である.そのため,一行目の条件を満たしている時点で二行目は満たされるはずがない.まあただこんな性質の関数があるといいなあという状況は多々あるわけで,例えば電磁気学における点電荷を表現したいときにデルタ関数を使うと,大きさを持たない点に影響を与えうる大きさの電荷があることが表現できてとてもうれしいのである.また,デルタ関数を使うと定数関数がフーリエ変換できるようになるのもいいところである.さらに,
 H(x) = \int_{-\infty}^x \delta ( \xi ) d \xi
とすると, x=0で定義されなさそうなのが気になるが, H(x)はステップ関数になりそうである.さらに両辺を微分すると,
 H'(x) = \delta (x)
となりそうな雰囲気である.まあなんともあっているのかあっていないのか微妙な話ではあるが,教科書ではその微妙なところはスルーしてごく普通にこの関係式が使われたりする.最初はそれでなんとなく理解することはできるのだが,少しつっこんで理解しようとするとやはり関数のようで関数でないこの存在に惑わされてしまう.そのような反応は普通で,実は当初ポール・ディラックがこのデルタ関数を提唱した時ですら厳密に正当化された概念ではなく,後になってローラン・シュワルツによって数学的定義が整備されたのである.

シュワルツはデルタ関数の性質
 \int_{-\infty}^\infty \delta (x) f(x) dx = f(0)
に着目し,デルタ関数により関数 f(x)が実数 f(0)に写されると考えた.つまり,関数の拡張空間として,関数→実数という写像を考えるのである.これを超関数と呼ぶ.通常の関数 F(x)については,関数 f(x)
 \int_{-\infty}^\infty F(x) f(x) dx
という実数に写す写像であると考えればよい.超関数を書き表すためには,内積の記号を使ってこれらの式を
 \langle \delta , f \rangle = f(0)
 \langle F, f \rangle = \int_{-\infty}^\infty F(x) f(x) dx
と書く場合が多い.

これで一応デルタ関数と関数を一つの概念に組み入れることはできたが,さらに超関数の写像としての定義域である関数 f(x)にいろいろ条件を付けることで様々な演算が可能になる.例えば f(x)微分可能でかつ f(\infty)=f(-\infty)=0であるとしよう.すると,関数 F(x)については,
 \begin{eqnarray} \langle F', f \rangle &=& \int_{-\infty}^\infty F'(x) f(x) dx \\ &=& [ F(x)f(x) ]_{-\infty}^\infty - \int_{-\infty}^\infty F(x) f'(x) dx \\ &=& - \langle F, f' \rangle \end{eqnarray}
となり, F微分する代わりに f微分すればいいという結論になる.つまり超関数 F微分 F'
 \langle F', f \rangle = - \langle F, f' \rangle
と定義するのである.この定義をステップ関数に適用してみると,
 \begin{eqnarray} \langle H', f \rangle &=& -\langle H, f' \rangle = -\int_{-\infty}^\infty H(x) f'(x) dx \\ &=& -\int_{0}^\infty f'(x) dx = -[ f(x) ]_0^\infty dx \\ &=& f(0) = \langle \delta , f \rangle \end{eqnarray}
となり,ステップ関数の微分が確かにデルタ関数と同じになっていることがわかる.この手の微分微分と呼ばれるもので,関数とセットで考えているからこそできるものである.同様に,通常は収束しない関数列 F_n(x)でも関数とセットで考えて \langle F_n , f \rangleとすると n \rightarrow \inftyの極限を持つようになることがある.この方法による収束は弱収束と呼ばれる.

超関数についてごく簡単にその発想を説明したが,この説明は大まかなものでその定義もかなり大雑把なものであり,あくまで教科書よりほんの少しだけ掘り下げただけのつもりである.より詳しく知りたい方は例えばシュワルツ超関数としての信号処理理論などのテキストがインターネット上にもあるので納得するまで深掘りするのがいいだろう.ただし,掘っても掘っても底が現れることはないであろうから当初の疑問に応じてどこかで満足することが必要である.

例のレナ

この記事は 明日話したくなる数学豆知識アドベントカレンダー の 8日目の記事です。(7日目:無理数の無理数乗は無理数か? )

「例のプール」というインターネットスラングがある.男の子が成長し,いい年になってくると,テレビやグラビアで見かけるとあるプールに既視感を憶え,そこで誰かが何かとんでもないことをしていたような気になってくるのである.

一方,画像処理を学び始めると,この女性の写真に頻繁に出くわすこととなる.

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みんなこの画像には詳しいようで,学会発表においては「以上のアルゴリズムをレナに適用した結果がこれです」と普通に説明され,この女性の名前が「レナ」であることは常識であるかのようである.ますますこの「例のレナ」が誰なのか気になる.

そこで,インターネットで「レナ 画像データ」などで調べるとすぐにこの女性についての情報が山ほど出てくる.Wikipediaには親切にも「(警告:ヌード画像)」と強調して何を見るべきか教えてくれている.それからはレナの画像を見るとトリミングされた四肢が見えてくるようになるだろう.

レナに関する記事は日本語でもたくさんあるので,レナとは誰か,なぜこれほど画像処理の研究で使われているのかは詳しく書かない.一通りレナについて調べるということが画像処理研究の誰もが通る道なのである.

ほとんどいたるところ

この記事は 明日話したくなる数学豆知識アドベントカレンダー の 6日目の記事です。(5日目:素数のスモールギャップについての研究がさらに進んでいたらしい )

数学者の言う事は何かと訳のわからんものだ.というのもまず単語の意味が分からない.Wikipediaの適当な数学のページを見ても「超関数」だとか「2階線形偏微分方程式」だとか「グロタンディーク宇宙」とかおよそ大学数学に触れなかった人間は生まれて初めて聞くであろう言葉が続々と現れる.「暗記物が苦手だから数学が好き」という人がよくいるが,一方でこんな見るからに難しい単語の意味は憶えていたりする.暗記物が苦手と言うよりかは興味の問題であろう.

この手の数学用語の中で,私が一番好きな単語が「ほとんどいたるところ」である.似た系統の専門用語として「ほとんど確実に」とか「ほとんどすべての」がある.つまり数学者は「ほとんど」という語を特別な意味で使っており,それを知らない人は厳密な論理の中に現れた突然の曖昧表現に驚くことになる.

では,「ほとんどいたるところ」とはどういう意味か.これはつまり「積分上無視できる部分を除いて」という意味である.関数 f(x)
 f(x) = \begin{cases} 2 & (x=1) \\ x & \mathrm{else} \end{cases}
として説明しよう. x=1以外は xと変わらない関数である.ここで次の積分を考える:
 \int_0^2 f(x) dx
不連続点が積分区間に1点だけ含まれている.だがこの積分 f(x) xで置き換えて計算したものと同じである.なぜなら区分求積法で図示すると,積分において不連続点が寄与する短冊の面積は積分区間の分割を無限に細かくすると無限に小さくなるからである.

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以上より, f(x)積分をする上では xと変わらない.これを「ほとんどいたるところ f(x) = x」と書く.「ほとんどいたるところ」にはa.e.(almost everywhereの略)という記号があり,
 f(x) = x \  \mathrm{a.e.}
と書いてもよい.

ただし,「積分上無視できる部分を除いて」と説明したが,これはルベーグ積分という普通習う積分を拡張した積分であり,正確には「測度0の集合を除いて」となるのであるが,詳しくは篠崎寿夫,松浦武信著「現代工学のためのルベーグ積分と関数空間入門」などを読むとよいだろう.

なお,ひらがなで書かれる数学用語というと,「ほとんどいたるところ」の他にパッと思いつくのは「すべての」ぐらいである.しかも「すべての」は漢字で書かれることもあるので,ほとんどすべての数学書でほとんど確実にひらがなで書かれるのは「ほとんどいたるところ」である.